文化祭当日。
並の者なら、準備のために早く登校していただろう。だが俺たちは違う。俺たちは特異なる者。故に、いつも通りの時間に足を踏み入れる。
”休憩所(ベルフェゴール・ルーム)”という名の怠惰な企画に呆れた担任の挨拶とともに、俺の人生最初の文化祭が幕を開けた。
教室の外に踏み出すと、そこには熱気が満ちていた。その雰囲気に呑まれぬよう、精神を研ぎ澄ませる。
先輩たちの演劇は三十分後に開演。まずは隣のクラスのお化け屋敷へ足を運ぶことにした。
ヴァンガード、グラトニーと共に向かうと、受付には見知った顔、ドリーマーとファングがいた。だが、サイファーの姿はない。二人に尋ねると、「中にいるよ」とのこと。
お化け屋敷に入ると薄暗い空間が待っていた。教室とは思えぬ異質な雰囲気が広がる。墓標がそびえ立ち、井戸の底から何者かが這い出る。わずか数十日でこれほどの異空間を生み出すとは、讃美と畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
中でも一番の衝撃だったのは、髪で顔を隠した血だらけの制服姿の女性だ。幽鬼のように手を伸ばしてきたかと思いきや、普通に手を振ってきたのだ。一瞬、手招きしているのかと思った。脅かす気はあるのか?
お化け屋敷の外に出ると、受付の二人に「会えた?」と聞かれた。
「いや」と俺が言うと、
ヴァンガードに「気づいてなかったのかよ」と言われ、グラトニーには笑われた。
闇は俺の領域だが、今は力を抑えている。気づかなくても仕方あるまい。
三人のシフトは十一時まで。演劇を見た後に合流できるだろう。
お化け屋敷を離れた後、俺はヴァンガードとグラトニーに「早めに行って先輩たちの教室で場所を取っておきたい」と頼んだ。「やれやれ」と言いつつも付き合ってくれる彼らに深く感謝した。
ヴァンガードとグラトニーと共に、先輩の教室へ向かった。
劇の演目は「灰かぶり姫」だった。
受付を済ませて教室にに入ると、既に最前列に三人座っていた。
早く来てよかった。
迷わず最前列に座ると、既に座っていた二名が席替えをした。俺の隣に座ったのは、ファインダー先輩だった。
やはり来ていたか。同士よ。
彼女の手にはスマートフォンではなくビデオカメラを手にしていた。録画に対する執念が垣間見える。
劇が始まり俺はカメラを構えながら、先輩たちを探す。
意地悪な継母役がガーディアン先輩、三人いる意地悪な連れ子の一人がディスパーサー先輩だった。
普段の姿とは違うその演技に思わず吹き出しそうになるが、映像に雑音を入れたくなくて笑いを堪えた。
ファインダー先輩も同様に堪えていたが、手元が震えているのが見えた。彼女のビデオカメラに手ブレ補正が入っていることを祈るばかりだ。
演劇は進み、灰かぶり姫は妃として迎えられハッピーエンド。その瞬間の先輩たちの悔しがる演技を、俺は一生忘れない。
幕が下りる。
終演と同時に、教室は拍手に包まれる。満足感に浸る俺とファインダー先輩。
演者との写真撮影の時間となり、俺とファインダー先輩は仲間を置き去りにして真っ先に意地悪な継母たちの元へ向かった。先輩たちを撮影し、美術部の四人でも写真を撮る。その様子を見たファインダー先輩の友人や六芒星の二人は何を思っただろうか。
「午後の部も観に行きますね!」
そう告げ、教室を後にする。
「本当に行くのか?」とヴァンガード。
「先輩たちと仲良いなー」とグラトニー。
俺の答えは決まっている。
「行けたら行く」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
その後、軽く校内を散策したが目を引くものはなく、合流する時間が迫ってきていたのでお化け屋敷へ戻った。
合流直後にサイファーに気づかなかったことを暴露された。それを聞いたサイファーは、楽しげに笑っていた。手を振っていた制服姿の女性がサイファーだったのだ。
昼食は模擬店の焼きそば。雑談の中で「何か面白いものあった?」と問われる。愚問だ。答えは一つしかない、先輩たちの演劇だ。
だが、俺が答える前にヴァンガードが口を開く。「二年生の演劇が良かった」と。気を使われたような感じがした。
もう一度演劇を見る事になり、開演時間まで再度校内を巡った。六芒星の女性たちの知り合いがいるクラスを重点的に見てまわった。
そして、俺はまたあの場所へと帰還した。
そう先輩たちの教室に。
最終公演の時間、教室には人がほとんどいなかった。体育館のステージでも見に行っているのだろうか。
俺は迷うことなく最前列に座った。ヴァンガードとグラトニーは他のお客が来るかもしれないと気をつかって立ち見を選び、残りの六芒星達も最前列には座らなかった。
最前列に座っていると背後から声がかかる。
「また来たんだ」
声をかけてきたのは、ファインダー先輩。
彼女もここに帰ってきたのだ。
「先輩こそ」
友人を連れておらず、ビデオカメラを持っていなかった。
今度は録画せず、劇そのものに集中するつもりなのだろう。
幕が上がりガーディアン先輩とディスパーサー先輩と目が合う。そうれはもうとても冷ややかな目をしていた。終演後の写真撮影では、六芒星の女性たちが積極的に撮影していた。来年の文化祭の参考にするらしい。気が早いな。
先輩たちの教室を出ると、体育館でのライブが盛り上がっていると話が聞こえてくる。しかし、仲間たちは「疲れた」と口を揃えた。
「どこかで休む?」
ドリーマーの言葉に、俺は気づく。
「休憩所(ベルフェゴール・ルーム)」
この時のためにあったのか。
休憩所で異端の六芒星と共に怠惰な時間を過ごす。悪くなかった。
文化祭終了の十分前、ディスパーサー先輩からメッセージが届く。
「エントランスに集合」
俺は即座に立ち上がり、六芒星たちに席を外すことを伝える。
そして、廊下へ出た瞬間、疾走した。
エントランスに辿り着くと、モザイクアートの前に三人が待っていた。
「遅いぞ」
「文化祭終わっちゃうよ」
終了十分前に呼び出しておいて、無茶を言う。通行人に頼み、四人で写真を撮った。
その数秒後、終焉を告げるの鐘がなる。文化祭は、幕を閉じた。
当初はどうなることかと思ったが、振り返れば思いのほか楽しめた。
それも先輩たちのおかげだ。
休憩所へ戻ると、クラスメイトは片付けを始めていた。どのクラスも打ち上げに向かう中、俺たちのクラスにその選択肢はない。ヴァンガードとグラトニーとは一昨日ボウリングに行ったばかりだったので、真っ直ぐ帰宅することにした。
家に戻り、録画した演劇を再生する。
俺は再び、先輩たちの名演に魅了されるのであった。
  
