精神機械化

深淵教典

ティッシュ配りのバイトをした。
それは、渡すだけ。ただそれだけだが、向き不向きがあるだろう。
しかし、俺は発見した。この仕事の極意を。
それは、感情を封印し、意思を捨て自らを配るだけの機械へと変えることだ。断られようが無視されようが、何も感じない。機械に痛みはない。退屈もない。ただ、脳内に信号を巡らせるのみ。
そう、「精神機械化(オートマタ)」の境地だ。

一度の労働でこの真理を見出すとは、やはり俺の可能性は無限だと実感する。

他者との意思疎通がほぼないこの仕事、案外悪くない。人間関係という混沌に煩わされることもなく、失敗が尾を引くこともない。極めて理想的な労働形態だ。
しかし、この仕事も唯一の弱点がある。それは、陽炎が立ち昇る酷暑の日だ。乾きが喉を締め付け、手のひらに汗が滲む。精神が機械であろうと、身体は生身。灼熱には逆らえない。

いや、泣き言を言っている俺はまだ完全な機械にはなりきれないなかった。
いくら取り繕っても人間としての脆さが、俺の中に残り続けている。

できれば二度とやりたくないが、そうも言っていられない。

たかがティッシュ配り、されどテッシュ配り。新たな経験は、新たな発見と自己成長の糧となる。
今日、俺にはまだ未知の領域が残されているということに気づかされた。

次にこの労働に挑む時、曇天の下であることを祈る。

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