俺は美術部の片隅で思考の海に沈んでいた。
母との買い物計画が脳内を占拠しており、目先のことが手につかなかった。
しかし、その静寂を破る人影が現れた。
「どうした?」
2年生の男の先輩が俺の領域に入り込んできた。
母との買い物のことを口にすると、彼は「気にしすぎだ。同級生が家族と出かけてても、誰も気にしないぞ」と言い放つ。
母が俺の意志を無視して服を選ぼうとすることに嘆いたら、彼は興味を示したように呟く。「普段着の写真はないのか」と問いかけてきた。
俺は写真フォルダを開き、一枚の写真を見せた。
「んー、まあ、あれだな、あれ」
煮え切らない反応に疑問を覚える。
次の瞬間、背後から興味津々に顔をのぞかせる女の先輩たちの気配を感じた。彼女らの目が俺のスマホに映る写真に吸い寄せられる。
「うわぁ……」
「翼、はえてるよ……ハハッ」
笑い声は聞こえたが、その目元は全く笑っていなかった。
どこがおかしいのかと問うと、一人が言い放つ。
「翼はない、ダサすぎる」
第三者の言葉は深く胸に突き刺さった。衣に描かれた漆黒の翼を否定された俺は、太陽に近づき堕ちたイカロスの気持ちを理解した。
そして、もう一人の先輩が静かに問う。
「自分が格好いいなーって思った人、こんな格好してる?」
真理の扉が開かれた。
憧れた者たちの姿を思い返す。
彼らは皆、漆黒の衣に包まれていた。意味もわからない英語や翼もなかった。
俺を目覚めさせた彼女に、敬意を込めて”真理の探究者(トゥルース・ファインダー)”という二つ名を贈った。
その横で「ジッパーめっちゃついてるな」と指摘を続けるもう一人の先輩。
俺の存在すら否定しかねない勢いだ。
彼女は、そう、俺の翼をもいだ”翼を否定する者(ウイング・ディスパーサー)”だ。
「それくらいにしとけ」男の先輩が制止の声を上げる。そして続けてこう言った。
「今週末買い物に行くけど、よかったら一緒に来るか?無難な服選びなら手伝えると思うぞ」
その言葉に、俺は即座に答えた。
「是非お願いします!母に聞いてみます!」
彼の救いの言葉に深く感謝した。そんな彼を「深淵の守人」(アビス・ガーディアン)と呼ぶことにした。俺から深淵の二つ名を引き出すとはな……。
母にガーディアン先輩が描いた服装案を送ると、あっさり許可が下りた。
それを見たファインダー先輩が「面白そうだから私も行きたい」と言い、ディスパーサー先輩も「みんな行くなら私も」と同調した。
俺を目覚めさせた真理の探究者の意見が聞けるのは暁光。無駄にするわけにはいかない。
かくして今週末は、美術部の先輩たちと装備整えに行くこととなった。